迷ったときはあんまりインプレッション稼げなさそうな言説の方がだいたい正しいと思うことにしてる

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飛騨でもツキノワグマの出没が毎日のように報告されているので、不意なエンカウントを予防するため熊鈴を買ってリュックにつけた。マグネットつきのカバーが付属しており、室内などではカバーを鈴に被せて音を止められる仕様だ。値段は約900円で、店で見つけたものの中ではお手頃な方だった。

熊鈴に限った話ではないが、この手の「予防」系ツールの難儀なところは、それなりにお金がかかるのに使用者が主観で効き目を感じる機会がない点にあると思う。だから「そんなの効果ないんですよ、そんなものにお金払わなくていいんですよ」と言ってくれる懐疑論が大変魅力的に映ってしまうのも、予防系ツールの宿命かもしれない。

たとえばクマが鈴の音に気づいて遭遇前に避けてくれた場合、人間側はそもそもクマに出会っていないのだから「熊鈴のおかげで助かった」とは基本的に実感しない(クマのフィールドサインを熟知しており「つい数分前までここにクマがいた!」と察知できる人は別として)。

一方で、熊鈴があったのにクマと遭遇した事例はセンセーショナルに広がりやすく、熊鈴なんて効果ないのではという懐疑論につながる。

たぶん本来なら「熊鈴あり・クマ遭遇なし」「熊鈴あり・クマ遭遇あり」「熊鈴なし・クマ遭遇なし」「熊鈴なし・クマ遭遇あり」の4群がそれぞれどれくらいの件数なのか推定してオッズ比で考えないとフェアじゃないんだろうな、詳しくないけど。

でも件数がカウントされてニュースになるのはクマ遭遇ありの事象(下表A、B)だけ。下表Cの事象のうち熊鈴君の活躍で回避できたエンカウントが何件くらいあったのかは、直接カウントできないうえに人々の記憶にも残らないのだ。

熊鈴あり熊鈴なし
クマ遭遇ありAB
クマ遭遇なしCD

そういう事情があるからか、熊鈴無意味あるいは逆効果説というのは何年も前から週刊誌やSNSでちょくちょく見かける。多くは海外の事例だったり、熊鈴があってもなお遭遇リスクの高い行動をとっていた事例だったり、かなり人慣れの進んだ特殊な個体だったりのようだ。クマも個体差が激しいので確かにそういう事例もあるのだろうが、一部の個体を引き合いに出して一概に熊鈴が無意味・逆効果と断言するのは情報リテラシー的にどうなの、とは思う。

とはいえ、熊鈴無意味・逆効果説を目にしてしまうと不安になる気持ちもあった。そんな迷いが生じた時、私が採用している情報戦テクニックの出番である。それは、

迷ったときは、いったん「あんまりインプレッション稼げなさそうな言説の方がだいたい正しい」ということにしておこう

これが、フラッシュ倉庫黄金期からネットに触れ、一時期ウェブライティング的な仕事も経験し、ネットで稼ぐ世界をチョロっとだけ覗き見てきた私が至った境地だ。

インターネットでは注目がカネになる。無難でおおむね正しい情報なんかより、耳目を引くタイトルやアイキャッチ画像で誘導し、極端で過激で断定的な発信で来訪者を魅了してインプレッションを稼がないと仕事にならない人々が世の中には一定数いる。

熊鈴に関して言えば、おそらく真相としては「人間の存在を知らせることで、人慣れしていない個体との突発的な遭遇リスクを下げられます。ただしクマにも個体差があるので、よっぽど人慣れしていたり何かに夢中になっていたりすると効かない場合もあります。だから熊鈴だけに頼るのではなく、複数のツールと併用して相乗効果で対策してね」あたりだと考えている。

でもそれだとあまりに中庸で平凡で歯切れが悪くてつまらない。そう、「現時点で最も確からしい情報」って、大体中庸で平凡で歯切れが悪くてつまらないからインプレッションが稼げないんだ。公的機関の情報とか、複数の専門家のチェックがはたらいている情報源とかはその典型だ。

ウェブメディアやSNSインフルエンサーとしては、よりインプレッションの稼げそうな発信をしないといけない。そうだ、「使用者が主観で効き目を感じにくいから懐疑論が出やすい」という予防系ツールの宿命に乗っかって、「熊鈴なんて効果ない!」「熊鈴は逆効果!」という説を紹介しよう。そうしないと広告収入が入らないから。とはいえ記事の説得力を上げるために、誰か1人くらい「専門家」のコメントをもらっておこう。権威で訴求するのは特に中高年男性に刺さるから(これは私個人の偏見じゃなくてウェブライティングのテキストで実際にそう習った)。その「専門家」は何の専門家で、何年くらいクマや獣害対策と向き合ってきて、今も現役で研究している人なのかって?まあいいじゃんそういうの。

こうして、極端でインプレッション稼げそうな言説は私たちのもとに届けられる。

そして私は熊鈴を買い、でも過信はせず他の対策と併用する。私はきっと中庸で平凡で歯切れが悪くてつまらない人間なのだろう。

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